第六十一話 チョロ松・五郎コンビ落選する。

 調教師という職業は本当に難しい。一頭のお猿さんを調教できたからと言って調教が理解できたとは言えない。調教師になって十七年にもなり当然わかっているはずなのにまた同じ過ちを繰り返す。当時のノートには自分の失敗談が溢れているけれど調教と真剣に向かい始めた自分の姿があった。

 二代目チョロ松から三代目チョロ松にバトンタッチしたもののなかなか納得いく段階に到達していかないもどかしさから調教師としてはやってはいけない間違いを犯してしまう。調教師である私の悪い癖でもあるが、どうしても二代目チョロ松のいい時の芸をイメージして比べたり、同じようなレベルを求めてしまい、知らず知らずのうちに三代目に負担をかけてしまっていた。例えばこんなことがあった。旅番組の収録で歌手の小林幸子さんが来場した際に自分たちの実力以上のことをやろうとしてしまい、舞台人としての良い意味での緊張感であればよかったのだが、自分の足元も見えないぐらいの緊張感が出てしまい、その結果チョロ松との呼吸が合わず、「猿まわし十八番芸竹馬高乗り」の最後に竹馬をしっかりと受け止めることが出来ず、チョロ松は3メートルの高さから落下、怪我をさせてしまった。

 私の経験上、舞台上で起きるミスや失敗と言われるものの大半が人間側のミスであったり人間の弱さから起きる。お猿さんの成長に目が行きがちだが本来は人間(調教師・芸人)が強くなることが不可欠なのかもしれない。

 2002年12月2日、周防猿まわしの会が復活して二十五周年を迎えた。その記念に東京都内で公演を行うこととなった。祝いだがそれをバネにステップアップしたいそういう催しである。そのために、出演コンビはオーディションで決める。年功序列や経験年数、あるいは世間への認知度などで選ばない。審査員は、会社役員3名、古川顧問、田口アドバイザー、めでたや藤井氏、椿組外波山(とばやま)先生の7名が務め、決して個人的感情を挟んだり同情したりということは一切無しの審査で、各審査員が三組づつ投票し、投票数上位三組が出演することになる。

 年末、河口湖、阿蘇に分かれているいるメンバーすべてがオーディションの行われる阿蘇猿まわし劇場に集結した。オーディションの内容は各コンビ5分以内のネタを披露する。ネタに関しても制限はなく、とにかく本人がコンビとしてやりたいことをやる。衣装や舞台の道具もあるためそれぞれが協力出来ることは助け合いながら12月のオーディションに向け準備した。チョロ松と私は今までのチョロ松・五郎コンビにないキャラクターで攻めてみようと思い、当時流行だったアニメをモチーフにコント仕立てにしてオーディションに臨んだ。当日のオーディションには新人コンビからベテランコンビまで10組のコンビが参加して競う。舞台外では今までにない先輩後輩を越えたオーディションに向けての思いが見えていた。

 結果はチョロ松・五郎コンビは見事落選。他、落選した芸人たちのへこんだ場面もみれた。出演メンバーは勘平・Dコンビ他三組のコンビが選ばれた。落選をしたことで私の闘志は燃え上がった。おかげで今も、自分の芸に納得ができずチョロ松と舞台に立つことが、生きるための原動力になっている。芸の道に終わりはないというけれど、全くその通りだ。周防猿まわしの会の25周年記念公演はさらなる高みを目指す私とチョロ松の出発点となった。