五十六話 野生の魂(プライド)と切符

 20世紀から21世紀へ、チョロ松や私にとってどんな時が待っているのか。

 20世紀末の15年間、私は青春期真只中、周防猿まわしの会に入門し、一躍スターダムに乗り上げたチョロ松と共に大きな波に乗って一気に押し流された。一大学生には稀であろう劇的なドラマの渦中でただがむしゃらに追われる仕事をこなしてきた。マネージャーなしで一年250日以上の猿まわしの現場を約束通リにこなしてきた。一夜の内に営業車で、名古屋市から仙台市に移動、東京都内のホテルの仕事を終えて、明くる日は鹿児島市でのテレビ取材に出演、苦しく辛かったけれどチョロ松が支えてくれた。チョロ松の堂々とした姿勢が舞台に登場するだけでも多くの観衆を唸らせた。その迫力が未熟な私を補いチョロ松ブームは持続した。初代チョロ松から二打目ジュニアに代は変わったが、迷いの多い私を右往左往しながらも一本の道に進ませてくれたのはチョロ松がいてくれたおかげである。そして父義正が命がけで残した周防猿まわしの会の力になれたらという思いが強く、脊椎を損傷した体だが百人力の力を発揮しようと思いを持ち続けることができた。

 忙しい中、一瞬、余裕が生まれた時がある。チョロ松が病と戦った時である。チョロ松の生命力と獣医さんにすがるしかないそんな時、チョロ松の回復を願いながら、立ち止まって過去や自分の人生を振り返ることがあった。大学卒業後、教員になった同級生や、恩師富永先生と会うたびに、自分の希望を叶えて人生を歩むことが羨ましかった。叶えられなかった希望に思いを馳せる自分がそこにいた。もちろん、やり直すことも、軌道修正することもできないし、自分に与えられた道を歩んでいくしかないと言い聞かせる自分がいた。

 2000年元旦、私は21世紀にやるべきテーマを自分自身に掲げた。『野生の魂(プライド)を守る』こと、それが私の仕事であると。プライドとは野生の尊厳。野生動物の素晴らしさによって猿まわしという芸能が続いてきた。お猿さんは人間のペットではないし、人間のためのロボットでもない。知能を発達させ文明を築いてきた人間が自然界の支配者として君臨しているように見えるけれど、そのようなスタンスは自然界からの逆襲にあうだろう。なぜそう思ったのか。実は私自身がこれまでエゴや傲慢でありお猿さんを振りまわしてきたからだ。まわりからちやほやされたておだてられると勘違いして「私がお猿さんに芸を教えている」と思い上がっていた。率直に認めなければならない。今ようやく私はお猿さんと真摯に向き合いお猿さんから学ぶことの大切さに気付いたような気がする。お猿さんから学ぶこと、そして熱心にお猿さんと係る猿まわしの若い調教師から学ぶことを大事にしたいと思っている。

 私が尊敬するある有名人の言葉であるが、「30代を走り抜いたから、40代の切符が貰えたんだと俺は思っている。だから今、今度は60代の切符を貰うために俺は走っている。」私も40代の切符を得るために走ろうと決意した。大きな潮流に押し流された20世紀に別れを告げ、チョロ松とともに走る21世紀がいよいよ始まった。