第五十三話 無類の猿好き・・・野末陳平さん

 河口湖猿まわし劇場には様々なジャンルのお客様が来場される。そんな中で私には意外だった方が訪ねて来られた。野末陳平さんである。

 皆さんもご存知でしょうが、本職は放送作家、経済評論家であり参議院議員も三期務められ、落語立川流にも入門し、「立川流野末陳平」の高座名をもつなど多彩な活躍をされている方である。その、野末陳平さんは無類の猿好きらしく、お猿さんのいるいろんな施設をまわって楽しまれていた。河口湖猿まわし劇場にも最初はふらっと舞台を見に来てくださった。気さくな野末陳平さんとはすぐに親しく会話を交わせるようになり、誕生したばかりの劇場の知名度や大衆芸能としてどのような芸を目指していけばよいか率直に意見を求めてアドバイスをいただきPR活動にもご協力いただけるようになった。

 周防猿まわしの会も舞台芸能として発展していくために試行錯誤していた時期でもあり野末さんからは今国民が期待しているお猿さんの芸能を率直にアドバイスしてくださった。これまで我々が伝統芸能というスタイルで守ってきた路線だけでなくその垣根を越えて斬新な舞台を提供すること、お猿さんの可愛らしさを強調する工夫や、舞台の賑いを取り込むために多数頭の芸猿が出演する舞台を目指してはどうか。試みたこともない挑戦ではあるが率直に耳を傾け実践へ向け可能性を探った。

 大人になったお猿さんが複数頭同時に舞台に上がることは難しく、小猿同士の組み合わせでならば何組かでひとつのユニットを作ることができる。3頭でひとつのユニットを組んだ「アイドル3」、4組なら「アイドル4」と命名した。内容としては、保育園、幼稚園児の遊びをヒントに「電車でGO」や「かくれんぼ」といった日常の風景を舞台作りに取り入れた。猿まわしの集団としても皆様の認識を変えていただけるように集団としての名称も変えることになり「元祖お猿さん劇団」と野末先生に命名していただき本格的に始動した。
 周防猿まわしの会で鍛え抜かれ大人になったお猿さん達で何か出来ないかという話になり「コント3」というユニットを組んだ。「コント3」には一発ギャグやコントを取り入れた。
 話題を提供する企画として周防猿まわしの会の真のボス猿対決と題し、「元祖お猿さん劇団」のボス猿を決めるイベントを開催した。当時の阿蘇猿まわし劇場のボス猿代表「勘平・Dコンビ」と河口湖猿まわし劇場の代表「チョロ松・五郎コンビ」によるボス猿対決を行った。会場は野末先生の出身校でもある早稲田大学の大隈講堂をお借りした。7名の審査員には野末陳平さん、考古学者でもあり早稲田大学の名誉教授でもある吉村作治さん、当時から親交のあった内田種臣教授など早稲田大学の名だたる7名の先生に審査員を務めてもらった。ボス猿対決の内容は、チョロ松・五郎コンビが「和」をテーマに周防猿まわしの会の真骨頂である大技を中心とした十八番芸、勘平・Dコンビは「新」をテーマに当時の時事ネタでもあったタイガーウッズやマイケルジョーダンなどのネタを取り入れた一発ギャグで勝負した。結果は4票獲得した勘平・Dコンビに軍配があがった。
 多彩な人材を輩出する早稲田大学で行われたこの催しには野末陳平さんのファンや早稲田大学の学生さん達が多数集まり、元祖お猿さん劇団のお披露目ができたことは今でも光栄なことだと思っている。これまでの周防猿まわしの会ではありえない試みであり、長年積み重ねた伝統を壊すこのような企画が、実は新しい伝統を産み出す場になることを学ばせていただいた。伝統は大事に継承されなければならないが、時代に合わせた改革がなければその伝統も色褪せ飽きられ滅んでいく。周防猿まわしの会も例外ではない。
 日本で長年続いてきた貴重な芸能がたくさん消えていった。後継者がいないなど、理由は様々であるが、日本の土壌に根付いた文化が失われていくことは残念である。野末陳平先生には多忙なタレント業の中で周防猿まわしの会の発展のために気軽に支援の手を差し出していただいた。もちろんお礼もしたことはないし、求められたことはない。手弁当で素人集団の悩みに寄り添っていただいたことに感謝するとともに、この間の試みが我々の視野を広げ後々の活動の基盤になっていることに深く感謝申し上げたい。

 私自身、今まで大きく舞台を変えていくことや壊していくことに戸惑いがあり前に進めなかったが、劇場の舞台を変革していく上で大事なチャレンジであった。ちょっとした創意工夫で舞台は変わっていく、可能性は大きいし、それだけにこれからも終わることのない際限のない挑戦を続けていきたい。

 一度は譲ったボス猿の座をチョロ松が勘平から奪還する日は近い。