第五十話 さようなら ジュニア!

 2014年4月28日、河口湖猿まわし劇場は18周年を迎えた。朝一番、阿蘇猿まわし劇場のメンバーからお祝いのメールが届き感謝の気持ちが一杯になる。派手なお祝いはないけれど山口県光市の無形民俗文化財の名に恥じない伝統芸能としてこれからもお客様に「笑い!感動!癒やし!」を与えられるよう更なる精進をしたいと闘志が湧いてきた。GWに入ったのに前半は日並びが悪く、本格的な人出は5月になってからと準備に力を注いでいた。
河口湖・富士五湖地域にお越しの際は是非、河口湖猿まわし劇場においでください。

 不思議なものでそういう記念日に合わせるかのように幸、不幸の出来事が集中する。その前日・・・・。

 2014年4月27日(日)早朝、二代目チョロ松(通称ジュニア)が静かに息を引き取った。ここ数日、元気を無くし食欲もなかったのでみんなで心配しながら見守ってきた。これまでも同じようなピンチを乗り越えてきたけれど今回は天国からの迎えに応じた。享年27歳。天寿を全うしての見事な猿生だった。

 チョロ松物語が第四十九話まで進んできて、ちょうどジュニアとコンビだった時代を連載している時でもあるし、また、私の猿まわし人生29年で最長12年間の相方だっただけに、ジュニアとの色んな思い出が走馬灯のように蘇ってくる。

 ジュニアとコンビを組んだのは1990年6月上旬、阿蘇猿まわし劇場の舞台の稽古初日、私と目があうなりジュニアが威嚇してきた。3歳を迎えたばかりの小猿であったが・・・「鼻っ柱が強くこれぞまさしく野生を生き抜いてゆくのに必要な闘争心、強固な体を兼ね備えた、自分の理想とする日本猿だな」とビビッときた瞬間であった。東京事務所を拠点に全国各地のイベント、お祭り等の出演に飛びまわる日々が続く中で初代のチョロ松に一歩でも早く近づけるようにとハードな稽古にも頑張り着実に力をつけてくれた。

 ジュニアとコンビを組んでいた時代に一番記憶に残っているエピソードがあるので紹介します。アメリカ公演を描いた第三十六話、第三十七話にも書ききれなかったことです。ニューヨーク公演中に現地で知り合ったゲンさんの好意でゲンさん所有のクルーザーに乗せてもらいマンハッタンを案内してもらうことになった。ゲンさんと出会ったいきさつは忘れてしまったけれど、渡米してニューヨークで実業家として成功を収めた方と紹介された。おかげで最高のリフレッシュができたのだが。
 そのクルージングがハドソンリバー・・・湾?・・海?・・数年前にあった『ハドソンリバーの奇跡』という事故は記憶に新しいが、河と言っても航空機が着陸できたぐらいでありほぼ海同然の広さである。そのハドソンリバーでジュニアは何を思ったか突然クルーザーから水中にダイビングを敢行した。泳いだ経験はなく、泳ぐ能力があるとも思えない。すぐさま私もハドソンリバーに飛び込みジュニアを救出したがその後も何度か飛び込もうとした。人間でも飛び込むのには勇気がいると思うが根性のすわった猿であった。

 さらに富山県のあるイベントに出演した時の話である。季節は7月下旬の真夏日、当日の気温は37度を超えていた(炎天下なので体感は40度をはるかに超えていたはず)。本来、夏場の日中の仕事は室内もしくは日陰でという条件でないと出演しない。時としてその条件が伝わってなくやむなく炎天下の中でも公演することがあった。当日もどんどん気温は上昇しこんな炎天下ではジュニアを殺してしまうと不安を抱えながらも覚悟を決めいざ舞台へ。主催者側からも演目の間でジュニアの体をクールダウン出来るようにと用意してもらった氷水とタオルでほてった体を冷ましながらのパフォーマンスであった。
 こういった舞台をするにあたって大事なことを一点忘れていた。ジュニアたちお猿さんは素足でパフォーマンスを行うためどんどん上昇していくステージの熱で足の裏から体力を奪われていくだけでなく足を着くことすら拒否し始めた。それでも何とかジュニア頑張ってくれと思った時である。ジュニアは後半の演目で見せる予定であった竹馬に勝手に乗って歩き出した。するとそれまでの動きが嘘のようにジュニアは生き生きと芸をしている。竹馬に乗れば地面に足を着けなくてすみ熱くないので一生懸命芸ができるのだ。その日のステージはジュニアの天才的な機転でピンチを乗り越えた。今もこの時ジュニアから学んだ経験が色んな局面で活かされている。

 成猿として圧倒的な実力を持ち、ソニーのCMで名声を博した初代のチョロ松の名跡をつないだジュニア。子猿の頃に出会い、お互い未熟な者同士で確かめながら歩んだ12年間だっただけに自分にとって調教師としての基本を一から学ばせてくれたお猿さんだった。調教師になるべく足がかりを育んでくれた本当に内容の濃い12年間だった。

 引退後の約13年間は河口湖猿まわし劇場内にある猿舎(お猿さん専用の家)で仲間たちに囲まれのんびりできたと思う。時には引退したお猿さんや現役のお猿さんたちのボス的存在として河口湖猿まわし劇場の猿舎で体を張って守ってくれた。その猿舎には引退したお猿さん用に交代でバカンスを楽しむための広い運動場がある。

 われ先にと颯爽と運動場に飛び出て行く時の勇敢で楽しそうなジュニアの姿が見れなくなった。

 ジュニア、本当にお疲れ様でした。