第四十七話  富士山麓、河口湖に新劇場誕生!

 平成8年4月28日、河口湖猿まわし劇場はオープンの日を迎えた。

 オープニングセレモニーは、河口湖猿まわし劇場の「猿公館」2階のレストランで行なわれた。南向きの大きな窓からは河口湖と富士山が一望できる。息を飲む景観に招待客は劇場の発展を重ねあわせた。河口湖町長をはじめ地元の皆様、観光業に携わる旅館、ホテル、立寄り施設関係者、本社山口県の関係者、熊本県阿蘇猿まわし劇場がお世話になっている業者の代表、親族一同、他全国各地からたくさんの方にお祝いに駆けつけていただいた。来賓を代表して周防猿まわしの映画を撮影して下さった民族文化映像研究所の姫田忠義所長から「周防猿まわしの会の拠点が河口湖に増えたことで、そこから広がる波紋が山口県の本部や阿蘇猿まわし劇場と重なりあってゆくことに大きな期待を寄せたい」との祝辞をいただき、光市長代理として遠路はるばる出席してくださった堀川昌典光市教育長が猿まわしのふるさとから河口湖の皆様に「宜しくお願いします」とのメッセージを伝えてくださった。東日本における劇場進出に数年間お世話になりながら、最終的には建設工事を受注いただけなかったゼネコンの石井さんもお祝いに駆けつけてくださった。未熟な我々ではあったがたくさんのご支援をいただけたことそれは伝統芸能猿まわしの継承と発展を願う日本国民の期待そのものだった。

 河口湖猿まわし劇場の初舞台、こけら落としの座長としてチョロ松は紋付袴の舞台衣装を用意してもらい挨拶をさせていただいた。病気からの回復直後であったので大役を果たした安堵と舞台に立てたことが本当に嬉しかった。勢いをつけるために阿蘇猿まわし劇場の看板コンビの勘平・Dコンビが一年間河口湖劇場の応援に駆けつけてくれることになったことも励みになった。これからは河口湖劇場という基盤ができ腰を据えて芸や稽古に取り組むことができる。芸能者としてこれほど幸せなことはない。今までは東京事務所を拠点に全国のお祭り、催事、イベントに出演するという仕事を中心にこなしてきた。各地に周防猿まわしの会の名前を広める広告塔の役割は重要であったが落ち着く間もない慌ただしい日々が続いてきた。この舞台に立つということは今後の猿まわし人生にとって大きな意味を持つことになった。

 チョロ松達のための宿舎、芸猿舎は劇場の南向きの一等地に運動場付きで建てた。芸猿舎には、劇場本体以上に力を注いだ。阿蘇猿まわし劇場の経験と教訓が十分に活かされた施設にならなければ、東日本における標高800mの地での冬は厳しい。ニホンザルは冬の寒さに強いけれど河口湖の寒さは厳し過ぎる。そのため壁は二重の断熱材を入れ完璧な寒冷地仕様にしたうえ、真冬になると外気で氷点下10度を下回ることもあるので猿舎の中は零度を切らないように自動で調整できるサーモスタット機能も搭載した。地表からの冷気を避けるため睡眠用の止まり木の高さは2メートルあり、天井にウォーマーを設置して暖かく眠れるように工夫した。お猿さんの個室部屋設計にも様々な工夫を施し快適な日常生活がおくれるようにした。引退したお猿さんが交代で広い運動場に行き来できることはストレス発散に効果大であった。過ごしやすい季節になるとお猿さんを定期的に入れ替えようとしても運動場に出ることが楽しすぎて自分の部屋に戻ってくれず芸人達を困らせるほど好評だった。現役時代は突然の病気に苦しむことがあった代々のチョロ松も皆元気に引退生活を楽しんでいる。

 新しい劇場の誕生は期待と熱気に包まれた。新しい命を産み出すための道は平坦でなくまた、これに携わった人々の運命を大きく変えていくことになった。この時には思いもしなかったが、周防猿まわしの会を担う先頭にチョロ松・五郎コンビが押し出された。自ら望んだのでなく、河口湖進出という一大プロジェクトが組織の二番手、三番手として悠々自適、我が道をゆくスタイルを謳歌していた私達に運命の切符を渡してきた。ソニーのウォークマンCMで一夜にしてスターになったチョロ松が周防猿まわしも会を担わなければならない時代が始まった。しかし、その時はその自覚も責任も感じず、さらに数年の間はあくまで自己流を変えないで歩む。チョロ松の相方の私が五男で兄に逆らうなという父の教えを忠実に守っていく考えに変わりがなかったからだ。会社を代表する長兄、両劇場の総支配人を務める次男の兄の采配についていくそれが私の役割と割り切っていた。けれどこの考えは機能しなかった。長兄は山口県の本社、次兄は阿蘇を拠点にせざるおえず、河口湖を真に背負う責任者がいない。出発したばかりの劇場だけれど自他共に矛盾や弱さを内包している。盛大なお祝いの式典が終わり、「浮き草稼業の猿まわしを日本列島にしっかりと根付かせる」という悲願を達成するためにも、またお客様や地元の皆様の期待に応えるためにも長く厳しい試練が待ち構えていた。