第四十五話 M君との別れ

 河口湖から急いで チョロ松と私は道東の清里町に向かい、二年目の北海道ツアーに合流した。

 清里町の森本さん他地元のみなさんと交流会を行っていると阿蘇劇場にいる若手調教師M君(以後Mと表記)から電話がはいった。このMはアメリカ公演が終わった直後に周防猿まわしの会に入門し、私が指導の担当となり修行をスタートさせた。一年目の北海道ツアーにもチョロ松と私に同行し森本さんにも大変可愛がってもらったので森本さんに挨拶するために電話をしてきたのだと私は思った。だが、電話を受けた瞬間の雰囲気の悪さに「どうした?」と私が聞くとMは「周防猿まわしの会を辞めてTさん(以後Tと表記)の会社に所属したいのですが」と一言、唐突で前後の説明が無いので一瞬何を言いたいのか意味不明に思えた。「何故?」と私が尋ねると「芸能部長Tから、お前はスターになりたいんだよな。であれば五郎の下にいても五郎は自分が主役だからお前は一生日陰だしスターになれないぞと言われました。」Mの発言に空いた口が塞がらなかった。私はMに「俺はお前に言ったよな。スターになりたいという夢も聞いているが、いつも言っているように世間一般の芸人さんでさえ、スターになれるのはほんの一握りの方だけ、むしろほとんどの芸人さんは日の目を見ることができない厳しい世界だ。周防猿まわしの会の芸人は毎日数百人ものお客様にお猿さんの芸を披露する場があり、まずはそのお客様を納得させる芸を見せることができない芸人にスターの道はない。それに俺は劇場の舞台にたつコンビはみんな既に立派なスターであると思っている。一年間舞台に立ったぐらいで勘違いするな。」何とも言えない憤りを感じた。電話で延々と話していても先に進まない。Mには残り2週間の北海道ツアーを終わらせれば阿蘇入りするのでその時しっかり話をしようと伝えて電話をきった。

 事態はそんな甘いものではなかった。夏休み後半も阿蘇入りしていた芸能部長Tは連日連夜すべての調教師たちを個別に呼び、年俸制というおいしい話を持ちかけ会社が応じない場合は周防猿まわしの会を辞めて自分の会社に来るように誘い、河口湖劇場建設に入った周防猿まわしの会を混乱させようと画策していた。心強かったのは阿蘇の責任者であったDさんである。Tの提案を受けないと決め、誘いを断り立場を鮮明にした。これからも周防猿まわしの会の調教師としてやっていくと表明したことで揺らいでいるメンバーを結果的にしっかり守り抜くことができた。移籍を望んでいるMともう一人のK、二人を説得したがまったく埒が明かない。最終的には会社を辞めることになった。

 KとMはTの指示で更なる強硬手段を選んだ。阿蘇を出て行く際にお猿さんを勝手に連れて逃げた。当然のことながらお猿さんは周防猿まわしの会の所有である。周防猿まわしの会が訴えればMとK,並びに先導したTは窃盗を行ったことになる。

 緊急事態、なんとしても足取りを見つけ、九州から出て行く前に連れ出された芸猿を取り返さなければならない。そのため、揺さぶりをかけるだけでなく暴挙を表面化させたTに対し周防猿まわしの会は対応を決め結束して動かなければならない。今回の不穏な動きを真っ先に気づいたのは社長だったが、周囲はまさかと思い、警告を発する社長の言動があったにも関わらず、対応が遅れた。

 その一報を阿蘇から受け、私は一旦帰京するようにと指示が出た。札幌千歳空港へ向かい手続きをしていると会社幹部が動き空港警察にも事情を説明しお猿さんとMを福岡空港にて確保したと連絡があった。本人も素直に認めたため示談にしてお猿さんは返却してもらい本人も解放したと連絡があった。とにかく騒動が騒動だけに一旦東京に戻るようにとの指示だったので羽田空港行きの便に乗った。羽田空港に到着しチョロ松が出てくるのを待っていると肩を落とした人が私の方へ向かって歩いてきた。Mである。私は何も声をかける気持ちにもなれなかったが、Mの方が私に気付き一言「すみませんでした。」とあったので私は「頑張れよ。」とだけ言葉をかけMは去った。

 数日後事態は更なる悪い方向へ進んだ。MとKが阿蘇劇場の営業中の隙間を狙って猿舎に侵入しお猿さんを盗んで逃げた。Tの下ヘ連れ去った。繰り返しての行為に我々関係者一同が落胆し驚きを隠せなかった。悔しいけれど、Tさんは、社長と私にとっては兄弟、M君とK君は前途ある若者であるので、警察に通報することは避けた。

 その後のTの暴挙は、狂気に思えるものであった。魔の手は周防猿まわしの会の関係者、関係先(銀行や関連自治体、取引業者)へ及び、電話、FAX、手紙での悪意に満ちた連絡、そして何の関係もない関係者の家族が勤務する職場ヘの長文の手紙のfax送信まで行った。その連絡が入るたびに周防猿まわしの会は被害を受けた相手先に謝罪を続けた。会を代表する社長は、幹部の意見を集めながら、冷静かつ柔軟に対応していたが異常な攻撃に防戦一方だった。

 結局、Mは華やかなTの下に去った。黒子役でテレビによく登場していたが、果たしてテレビに出れればMはよかったのか。猿まわしである以上主役はお猿さんであると私は考えている。Mがお猿さんとテレビに出演した映像を見ることは無かった。風の噂では1年かそこらでMとKはTの会社を辞めた。


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