第三十八話 日本から来た不届きもの

 チョロ松と私は東海岸のツアーに出発した。マンハッタンからフリーウェイにのってボストンへ向かう。出発して早々制限速度60マイルのところを80マイル近くで走っているとプラッツアーは一言、「Goro!ここは日本じゃない」とクギを刺すことを忘れない。だが、すべてが楽しい旅のはじまりであった。

 最初に訪れたのはハーバード大学である。公演は三日後であったが、本来はハーバード大学の教授しか宿泊することの出来ない大学の敷地内にあるホテルに数日間滞在させてもらいボストン市内を満喫させてもらった。学内は自由に行動してOKだということでチョロ松と散歩し、学生に出会った時には軽くパフォーマンスを見せ、学食でチョロ松と食事し、猿まわしという仕事をしていなければできない経験ができた。ボストン新聞の取材をうけた際には大ハプニングがおきた。ハーバード大学の創設者ジョーン・ハーバードの銅像の前で記念撮影した際、チョロ松が何を思ったかジョーン・ハーバードの銅像に登ったうえにまたがってしまい、その写真が翌日のボストン新聞の一面にデカデカと表紙をかざった。タイトルは「日本から来た不届きもの」(プラッツアー訳)であった。というのも、学生はジョーン・ハーバードに触れることすら許されないらしい。
 このボストンに来たらどうしても訪れたいところがあった。そのコモンスクエアはボストンで唯一ストリートパフォーマンスができる場所だ。パフォーマンスをすることともうひとつ目的があったがどうしても再会したい人がいた。1988年8月、吉本興業のナンバグランド花月に出演した際に、アメリカからストリートパフォーマーが出演していた。彼の名前はアンソニーガト、当時10歳。前年のジャグラー全米選手権で優勝し、ナンバグランド花月の出演依頼がきたらしい。10歳でありながら、トレーニングは毎日5時間以上すると聞いた。全米チャンピオンとはいえトレーニングを怠ると来年は負けてしまうぐらいアメリカのジャグラー界は競争が激しく、チャンピオンから降格するとたちまち仕事がなくなる。朝のトレーニングが終わると500グラムもあるステーキを毎日食べているという話にも驚いたが…。出演中の11日間、アンソニーガトと親交を深め、アメリカに行く機会があったら必ずボストンに行くと伝えていた。ウィークデーにはコモンスクエアでやっていると聞いていたので探してみたが結局再会は叶わなかった。猿まわしをしようと準備していたら、ガードマンらしき人間が近寄ってきて、ここではパフォーマンスは勝手に出来ない上にこのコモンスクエアで許可を得るためには2年はかかるという旨を伝えられやむなくあきらめた。
 ハーバード大学での公演の日を迎えた。舞台のある特別教室に案内され、教授や大学の幹部、一部留学生総勢50名を対象にした公演であったたため、私は意識して硬くなってしまった。それでも、芸を終えるとスタンディングオーベーションで迎えられ大絶賛を受けた。その後は記念撮影を求められ、また質問攻めにあい公演時間より長くその場にいて楽しい交流となった。その中に、この人どこかで見たことがあるなと見覚えのある方がいて、よく見たら日本でも有名なキャスターだった。

 ハーバード大学を後にして、東海岸ツアーのもうひとつの目的であったケープコッドに向かった。腕を曲げて大西洋に突き出したような形をしており、アメリカ人が憧れるリゾート地としても有名な島である。「ガープの世界」という洋画のシーンの中で出てきた島が美しく、もし行く機会があれば行ってみたいと思っていた。そのケープコッドの中でもフェリーに乗らないと行けないナンタケット島に行きたかったのだがそこで一悶着あった。今までフェリーに黄色人種を乗せた例がないので乗せることは無理だと言われた。あきらめかけた時突然プラッツアーはバッグから先日チョロ松が一面を飾ったボストン新聞を取り出し、「この記事を見てみろ!彼らは先日ハーバード大学に招待された日本のVIPなんだ」。その記事を読んだ船長から乗船の許可がでた。起死回生のプラッツアーの行動には本当に感謝した。チョロ松と乗船すると60代70代ぐらいの白人夫婦がたくさん乗っていて、チョロ松もだが私のことがかわいいということで皆さんからハグして歓迎され、オーバーに言っていると思われるかもしれないが、おばあちゃん達からキッスの嵐だった。古川顧問から「五郎、船から降りたら波止場でパフォーマンスを見せてあげなさい」と言われ、船着き場で太鼓を叩いた。サプライズの猿まわしで喜んでもらい、まさか実現するとは夢にも思っていなかったケープコッド訪問が実現したので本当に幸せだった。

 最後に訪れたのはブラウン大学の学園祭である。このアメリカ公演にご尽力いただいた方の娘さんが在学していて、学校に声をかけてくださり出演に至った。到着した時には何百人もの学生が迎えてくれチョロ松のパフォーマンスも大変盛り上がったのだが、終わった直後二人の女性が私に向かって流暢な英語で話しかけてきた。最初は冷静なテンションで話していたが、私は何を言われているのかまったくわかってなかったため素っ気ない態度と思われたのか急にまくしたてられた。これは怒っているなと思いプラッツアーを呼んで通訳してもらうと、その女性は「このお猿さんは洋服を着るために生まれてきたのではない。その衣装を脱がして・・・」とのこと。パフォーマンスをするお猿さんだから衣装を着せないとおかしいでしょうと説明したがその学生の理屈だけで話してくるため、このままだとお互い歩み寄れず堂々巡りになってしまうと思い私が最後に質問した。「では、あなたはなぜ生まれてきたのか」。しかし私からの質問には一切答えることなく私にまた質問してきた。「あなたはなぜ生まれたきたの」と私に質問してきたので私は「彼(チョロ松)と出会うために必然的に生まれてきた」と答えると「相手にしていられないわ」という感じで二人の女性は呆れて去って行った。間に入って通訳してくれたプラッツアーから「Goro! いい受け答えだったよ。」と言ってもらったがさすがに、否定から入る議論は平行線をたどるだけなので残念だったがこのような強烈な意見があることもわかった。

 アメリカを後にする。今までにない挫折が、新しい課題を教えてくれたアメリカ公演だけれど、豊かなアメリカ文化に触れ夢のような時間を過ごすことができた。往くときはYAZAWAがアメリカに挑戦した時と同じような気持ちで勘違いして行ったが、帰りはエリック・クラプトンを聞きながらアメリカナイズされていた。日本に残って猿まわし劇場を支え、公演を見守ってくれた仲間が待つ日本に戻る。