第三十一話  1キロの衣裳

 曳舟文化センターに会場が決まってから芸術祭への準備が急ピッチで進み始めたが、実は公演まで一ヶ月後にひかえた段階でまだ3割近く空席があった。とくに芸術祭の審査委員の先生方が観劇される10月8日(火)の公演はなんとしても満席で迎えたかった。空席を残さないという気迫で、芸人総出で京成線曳舟駅をはじめ浅草・上野を中心に通勤時間のラッシュをねらって早朝、夕方とチケット販売に奔走した。すれ違う人という人、下町の人達の人間味ある暖かい言葉や人情深さにふれあうことで本当に励まされた。たくさんの方の応援やスタッフ一丸となった販売活動が報われギリギリになってチケットが完売した。
   芸術祭に参加できること、そこで様々なチャレンジをすることは猿まわしの芸能を継承するうえで貴重な経験を重ねることができるけれど、芸を育て、舞台を支えるには舞台に立つ、つまり芸猿と調教師だけでなくスタッフそしてプロデュースを含めた総合力を周防猿まわしの会が持っていなくては良いチャレンジができるわけがない。残念ながらその当時素人集団だった我々は、そういう力を持っておらず、外部にご協力を仰ぐしかなかった。さらに、芸術祭参加プロジェクトの組織体制も弱点だらけだったので舞台内容の決定から稽古の進め方まで大きな問題を抱えていた。その弱さを今は率直に見つめることができるが、その当時は偏った意見が通ったり、強引な決定がまかり通りしわ寄せがお猿さんや立場の弱いスタッフに押し付けられることとなった。自分としても当時を振り返ることさえ断腸の思いである。内部のメンバーにとっては芸術祭参加が叶いお祝いムード一色とは思えなかった。ただ、客席を満席にすることだけは一丸となって取り組めたことを誇りに思う。

 舞台演目の目玉は、当時脚光をあびていた猿之助さんのスーパー歌舞伎に刺激を受けた「義経」物語であったが、それでいいのか議論が起こり、最終的に我々が信頼を寄せる古川さんら数名の方に演出グループに入ってもらい演目構成、および演出が実験的な舞台に偏ることなく、お猿さん本来の輝きも随所に入る4幕構成の舞台内容になった。特に幕開けとなる第一幕「重岡フジ子」の世界は、鍛えあげられた猿まわしの名人芸をシンプルにお見せする一幕で会場の雰囲気を一気に猿まわしの世界に引き込む内容であり、実際もこの第一幕が多くの方から評価をいただいた。
 チョロ松の出番は「義経」を題材にした演目での源氏の武士役、そして「猿まわし十八番芸・八艘飛び」である。どちらもチョロ松らしい運動能力が十二分に発揮することができる舞台になるはずであったが、ことはそう簡単には進まなかった。第二幕「義経」の演目でチョロ松達が着用する衣裳が仕上がってきたのだが、衣裳を試着して驚いた。当時、体重5キロもない体格のチョロ松に1キロ近い重さの衣裳を身に着けさせ舞台にたつというのだ。当然チョロ松といえどもこんなに重い衣裳を身に着けては本来のチョロ松らしさを発揮できない。しかし当時の私にはこんなに基本的で大事な感想を言えずに、またそれを理由に芸のレベルを落としたと思われることが許せず、本番に向けチョロ松にさらなるハードな稽古を強い無理をさせてしまった。そして、舞台内容では同じ舞台上で他の共演者(調教師・芸猿以外)ともからむ部分がかなりあるので難しい。そこは警戒心旺盛なお猿さんには苦手であった。しかも演出代表はその部分克服の稽古に時間を割く気はなく、出来不出来は各コンビの調整に任された。ただいくら調整しようが慣れない人間と舞台に立ってうまくいくはずがない。今では基本中の基本ともいえる演出がどうどうと無視される状態であった。したがって、ろくに共演者とチョロ松との練習時間が十分とれず、主役であるお猿さんたちが安心して舞台に臨める環境づくりもないまま時間だけが過ぎていった。
 そんな時、古川さんから演出グループに対し「人間のエゴでお猿さんが本来持っている動きを損なうような無理な衣裳を身に着けさせて舞台に立たせるべきではない」。と提案してくださった。誰も言えない空気の中での古川さんの言葉に私は救われた気持ちだったが、そんな意見にも耳を傾けようとしていない演出代表に私は疑問と不信感を持ったまま芸術祭は迫っていった。


 2012年7月12日集中豪雨災害 皆様への緊急アピール


 2012年7月初め、北部九州各地で大水害被害が発生しました。観測史上例を見ない雨量が短時間に集中的に降ったというニュースは皆様に届いておられることでしょう。阿蘇地方は7月12日未明の数時間で最大雨量を観測し、防災に備えた大河川も決壊、人的被害も甚大なものとなりました。我々といつも連携してくださる宿泊施設、立ち寄り施設、お食事処も復旧に相当長い時間を必要とするところもあり、営業再開も決まらない施設もでるなど事態は深刻を極めました。劇場も大規模な谷の崩落で傷跡生々しく一丸となって復旧にあたりほぼ現状を回復しました。地元の有志の応援と計らいで業者を紹介してくださったり、大量の土砂を運んでくださったリと尋常ならない応援をいただきました。一瞬の集中豪雨が7月から夏休みを挟んだ9月まで観光に大打撃をあたえるなどと、誰が想像できましょうか。我々も大きな落ち込みで冬を前にして緊張感を持たずにはおられません。豪雨による被害から、今では復旧作業も進んでおり主要道路も通行可能となり安心安全に観光していただけるところまで回復しましたが、風評被害も含め観光客の足が止まった状況で一向に阿蘇の観光に回復の兆しが見えません。このままでは、阿蘇猿まわし劇場の運営のみならず周防猿まわしの会の存続すら危ぶまれる状況です。時代の流れと共に衰退し一度は途絶えてしまった千年の歴史をもつ伝統芸能「猿まわし」が再び途絶えることのないように河口湖猿まわし劇場と阿蘇猿まわし劇場が共に力を併せこの困難を乗り越えていかなければおけないと考えています。ぜひともこの伝統芸能「猿まわし」消滅の危機を救うべく国民の皆様の更なる応援をよろしくお願いいたします。どうか、これまで以上に阿蘇・河口湖の両猿まわし劇場に足を運んでくださり秋の安全安心、実りの秋を楽しんでいただきますことを伏してお願い申し上げます。