第三話 チョロ松の逆襲

 翌日、2月22日、チョロ松のボスになる為の儀式が行われた。その時、「今日、5番目の息子が調教師になるから撮影に来てくれ。」とドキュメンタリー「モンキーブルース」を制作していた地元テレビ局も呼んでいた。いよいよ儀式の時、緊張だとか恐怖心は全くなかったが、むしろ、村崎義正の息子として出来て当たり前、やれて当たり前という周囲の期待に応えるために開き直ってその場に臨んだ。チョロ松は周囲の空気を察していたのか、私の指示に従い芸をやってくれた。何よりもうれしかったのは親父が喜んでくれたことである。「やはり、俺は親父の息子だ。」と勘違いしてしまう。
 さらに、儀式を終えた後の親父の言葉にびっくりした。「2月23日、観光バスの予約が入っている。さっそく、明日がお前達のデビューだ。」
人前に立ったこともない、台詞も知らない私に「もう、デビュー?」驚いたが時間はない。それから数時間で台詞を覚えさせられ、翌日初めての舞台を迎えた。

 まともに台詞の喋れない私の言うことを聞くわけのないチョロ松、要所要所はチョロ松が勝手にやってくれたが、私の指示に全く動いてくれなかった。
 舞台直後、私はチョロ松を責めた。すると、チョロ松は猛然と私に立ち向かい、左手に向かって咬み付いてきた。チョロ松も命懸けだ。この時はわからなかったけど、チョロ松は凄かった。何が凄いかというと、チョロ松は最初から私が左利きということを見抜き、その左を殺せば、私に勝てるということをわかっていたのだ。この当時は、猿を押さえて背中を咬み付かなければボスになれないと考えられていた。チョロ松を押さえようとした、本当に一瞬の出来事だったと思う(時間にして0.3秒の世界)、私の左手の親指は出血し激痛が走った。お袋に連れられ、光市民病院の救急へ行ったが、「親指の第一関節からもげてますね。」私は震え上がった。というか、ここで初めて日本猿の怖さ!凄さ!野生の強さ!に気付く。
 「やっぱり俺には猿まわしの調教師は無理だ。今だったら辞められるのではないか。」意気消沈して帰宅した私に親父は一言「義則、4月7日(第一日曜日だったと思う)、埼玉県の桶川市役所のイベントが入っている。この仕事はお前が行け!」
 親父は、俺の逃げたいという気持ちをお見通しだったみたいだ。