第二十六話 夏服と初恋

 1976年9月30日、小学校5年の秋の話です。翌日からは衣替えで夏服から冬服に変わる。その日の下校中、いつも一緒に帰っていた隣村の友人Yくんに私はある提案をした。「先生に夏服のままで誰が冬を越せるか競争せいと言われたいや。おいY!このまま夏の制服で通わんか。どっちが寒さに耐えて頑張れるか勝負せんか」と。Yくんは迷うことなく「おお、ええど」と簡単に了解してくれた。今、考えると寒さをこらえてそこまでやる必要があったのかと思うけど、実のことを言うと冬服がパンパンになり着れなくなったからで買ってもらうのも悪いと思ったからだった。当時、少年野球に没頭していて練習も熱心にしたがその分食欲も旺盛で夕食には丼飯を軽く2 杯は食べていた。多分、野球の練習以上にご飯を食べていたため肥満児になってしまった。

 冬でも夏服で通すというチャレンジ、友人を巻き込んで始めたが、温暖な瀬戸内の地方なのにそんな年に限って雪が降り0度をきるような厳しさが続いた。友人Yくんも私も脱落することなく二人だけが春を迎えた。しかし、先輩達の卒業式をひかえた前日に事件は起きる。卒業式の予行練習中に先生とPTAの方たちが騒々しく話をしていて、しばらくすると私と友人Yくんが呼び出された。ある父兄の方から「君たちは何故半袖なのか。全校生徒の中で白いYシャツが目立ち不自然だから明日の卒業式は上着を着てきなさい。」と指導された。私と友人は悩んだ。はじめは自分が着る冬服がないことから始めたことだし、他人からするとどっちでもいい事かもしれなかったが辛い時に続けてきたことなのでどうしても譲ることが出来なかった。子供心に悩んだ。家に帰って親父に相談すると、何時間かして「明日も今まで通り半袖半パンで行ってええけえの」と笑顔で答えてくれた。内情はよくわからないが学校やPTAの皆さんを説得してくれたみたいだった。6年生の冬も半袖半パンで登校し、小学校卒業まで夏服を続けることができた。親父はこの時のことを振り返り「女か男かわからない。食べる時だけ目が光る義則を鍛えてくれたチャレンジ。その乱暴な提案をしてくれた先生の御恩を忘れてはならない。」と話していたそうだ。

 決めたことをやりぬいたことで私は勇気と自信を持つことができた。地元の光市立浅江中学校に進み野球部に入部した。少年野球とは違い、今までライバルだった選手も同じ中学校に集まったので100人近い部員数、ベンチに入ることは厳しくなった。逆にその競争が私の闘争心に火をつけた。そしてレギュラーを目指し小学生時代同様勉強には目もくれず野球の練習に励んだ。肥満体型は先輩達のしごきのおかげで鍛えあげられた。
 中学校2年生になり、転校生がやってきた。当時、音楽で夢中になっていたイギリスの「ノーランズ」という姉妹グループの末っ子コリーンに似ていて、女神のような子だった。それまで異性に対して意識をしなかったわけではないが、多分ときめいたのは初めてのことだったと思う。初恋であった。クラスも同じになり、しかも席まで隣になった。1学期の期末試験の上位者が廊下に張り出されるとそこにその子の名前が載っていて驚いた。威張って書けるような話ではないが、私の成績は184 人中最後から数えられる位置だった。単純だがこの初恋が私にその子と同じ学校に進学するという無謀とも思える一大決心をさせた。夏休みになったある日、家に帰り「親父、俺今日から勉強するけえ。できたら地元の光高校へ行って、大学まで行きたいと思うちょる。」と言うと「そうか、頑張れよ!」と嬉しそうに返してくれた。早速その日から三番目の兄貴に勉強を教わることになり、三日ほど私に付き合ってくれたけれど、私のあまりの頭の悪さに呆れて「お前は、本当に馬鹿なんじゃの。俺じゃどうしようもならん。」と一言で見捨てられた。そんな私の状況をみかねて長男が指導を引き受けてくれた。当時、長男は現役の中学校教員であり、夏休み期間中であっても部活の顧問で忙しかったが勉強に付き合ってくれた。私の部活が午前9時から午後3時過ぎまであったので夕方4時から夜中0時まで約8時間ほとんど休まず勉強をした。何度も何度も挫折しかけたが半袖半パンを続けた自信が弱い自分を支えてくれた。夏休みに勉強を始めた時の私のレベルは想像を絶するほど低くて、中学2年生なのに中2レベルの勉強が理解出来ないことがわかった長男は翌日中学1年生の問題集を買ってきてくれた。これがまったく理解出来ない。また翌日小学校6年生のドリルを買ってきてくれた。それも理解できない。また翌日小学5年生のドリルを買ってきてくれたが・・・理解出来ない。また翌日小学校4年生のドリルを買ってきてもらい、そのあたりでようやく理解出来た。長男は難しい問題は出さない。漢字のドリルを10問正解するまで何度も繰り返す。簡単な問題つまり基本ほど大事に習得するまで指導してくれたような気がする。小学校4年生で止まった学力を中学2年生で取り返す猛勉強が昼間の野球部の練習と同じくらい厳しく続いた。私と粘り強く付き合ってくれた長男に感謝している。

 初恋の威力は恐るべし。