第十七話 思いもよらぬ訪問者

 1988年6月中旬、チョロ松は北海道静内町の草原に威風堂々と立っていた。

 空前の大ヒットとなったソニーウォークマンのCMに出演してから1年を迎えようとしていた。5月中旬には第二弾の出演依頼も請けていた。第一弾「湖編」は神奈川県芦ノ湖にて撮影を行ったが、第二弾は期待を裏切るという意味でハワイのワイキキビーチという案が浮上した。
 その話を聞いた当時の私にとっては「なんだ・・・ハワイか?」くらいの気持ちだったが、今思えば残念な気持ちでいっぱいである。しかし、渡航にはチョロ松の検疫等の問題をクリアーにしなければいけないし、そのための準備期間が1ヶ月では不可能だった。そこで涼しく雄大な自然を背景にというコンセプトで選ばれたのが競馬の競走馬育成などで有名な北海道静内町の草原であり、暑さに弱いチョロ松(ニホンザル)にはありがたい場所であった。

 そして撮影当日、第一弾で苦労しただけのこともあり第二弾に臨むチョロ松には余裕も感じられ、セットの立ち位置につくやチョロ松は「これでいいの」と言わんばかりの目つきでウォークマンを持つとすぐさまお得意の「瞑想」の表情をした。完璧なチョロ松の演技に私も「チョロ松、いいぞ」と思ったが、制作側は第一弾とは若干違う素材をSONYさんからも求められているからか、結城監督からは簡単にOKは出てこない。ただ、改めてチョロ松の学習能力には驚かされる。「湖編」では三日間も要した部分をたった一日で撮影出来たのだから。残りは二日間の余裕があり、第二弾ならではのシーンが撮れれば終了である。

 撮影二日目、早朝からの撮影も順調に進んでいた。午前中の撮影も終盤にかかった頃、高級外車で4、5人のいかにも・・・という男性達が乗り込んできた。撮影現場に緊張と重々しい空気が流れる。10分ほどだったがスタッフと話をしてすぐに帰って行ったのだが、しばらくして監督から「五郎さん、撮影内容としてはほぼ納得していますがあとひとつどうしても撮りたいシーンがあります。時間がないので申し訳ないのですが撮影を急がせてください」。予定では撮影は三日間あるはずなのだが再度スタッフから「撮影を早く済ませて撤収します」との説明があり撮影再開した。監督の納得のいく映像が撮れず刻々と時間だけは過ぎて行った。その時突然監督が大声を上げた。「OKです」。姿を隠すために穴に入っている私には何も見えない。一体何がOKだったのかわからず監督に聞いてみたが「今回は仕上がった作品を見て探してください」とだけ伝えられ撮影終了、慌ただしく撤収作業に入った。スタッフからは「五郎さん達はこの地域からはなるべく遠くに逃げてください」という指示がありチョロ松と私は静内町をあとにして200キロ離れた洞爺湖に向かった。後日説明があったのだが、撮影にあたっては現場の使用料も払っていて撮影許可も取っていたが、別の方からSONYのCM撮影ということを聞いて、法外な使用料を請求してきたのだ。

 撮影から数日経って「SONYウォークマン 草原編」が完成し東京事務所に届けられた。繰り返し何十回も映像を見てようやく「湖編」との違いに気付いた。CMのサビのシーン、大自然に向かってウォークマンを聞いているチョロ松の後姿、チョロ松の尻尾が「ピン!」と立っていくのだ。いかにも偶然に撮れたようにも感じられるが、「湖編」で生まれた「瞑想シーン」と同じく、アクシデントに見舞われたあわただしい現場でも、粘り強くチョロ松の自然な動きを待ち、引き出し、作品に仕上げてくださった結城監督他スタッフの皆様に深く感謝している。