第一話 チョロ松へ

 初代チョロ松は2007年(平成19年)1月14日に永眠しました。日本猿の年齢で29歳、人間の年齢にするとほぼ100歳と大往生であった。

 チョロ松へ

 君とコンビを組んだのは24年前の1986年(昭和61年)2月24日だったね。チョロ松は8歳、芸猿としては一番脂がのっていて、何より1人の調教師を辞めさせるまでに追い込んだ強者、僕は20歳、日本体育大学在学中で体力的にも自信に満ちあふれお互い血気盛んな頃ではあったと思う。そんな2人がコンビを組んで翌日デビュー、その日のことは当然忘れることはないよ。猿まわしにおける僕の原点だからね。当日は、ツアーの方が80名ぐらいだったかな。デビューと言っても君は芸歴6年、しどろもどろの僕とは対照的に無難に芸をこなしていく、そしてクライマックス、猿まわし十八番芸、輪抜けの『うぐいすの谷渡り』、君は全く飛ぼうとしない、飛ぶ気もない、僕のいうことを聞かない君の行動と焦っている僕を観ているお客様は大爆笑、公演終了後怒りのおさまらない僕は君を責めまくった。そして君を押さえようと掴んだ左手の親指に…。一瞬の出来事だったけど、僕の親指は君に食いちぎられていた。力で責めてくる僕に君は『ノー』と言ってたのに僕は気付かなかった。逆にそっちがその気ならやってやろうじゃないかという勘違いの方向にいってたような気がする。

 親父(注:周防猿まわしの会初代会長村崎義正)に散歩の稽古を指導してもらった時のことを憶えているか。当時の日課だった多摩川の河川敷1.5キロの散歩、半分過ぎたあたりだったかな、疲れてきて歩くのを拒否する君を無理やり歩かせようとする。その時親父が「チョロ松は歩きたくないと言ってるのに何故お前は無理やり歩かせようとする。大切なのはまずチョロ松の気持ちだ。」それからしばらくしてチョロ松が歩こうとした時「そうか、歩くか、よしええど」チョロ松と会話している親父に驚いたし、何よりチョロ松の気持ちを大切にしていた。その時、もう1つ大切なことを教えてもらった。「ええか、やらせちょる芸は猿まわしの芸じゃない、お猿さんが自ら動くのが芸じゃ。」
 あれから24年間、楽しくも苦しくももがき続け、少しずつだけど調教というものを理解してきたような気がするよ。あの時君が言いたかったのはこういうことだったんだと思う。君も僕もお互いのことを何も知らないのに、僕は人間の一方的な理不尽さで「僕のいうことを聞け、俺をなめるな」と言わんばかりに力づくで動かそうとした。僕は君のことを知ろうともせず、「何故俺の言ってることを理解しない」と責める。本当に申し訳なかったと思っているよ。

 今も、周防猿まわしの会の芸能部長としてお猿さん、若手調教師、沢山のお客様から大切なことを学ばさせてもらってるよ。ちょっと気付くのが遅い気もするけどね。もう一度君とコンビを組めるのなら本当に嬉しいな。今の僕であれば、間違いなくあの時より君の持っている能力を引き出すことが出来ると思う。

 最後に、もう一点君に教えてもらった大切なこと、猿まわしの芸の主役はお猿さんであり、お猿さんの芸は命であり宝であること。肝に銘じて猿まわしの発展に努めるよ。

 チョロ松、本当に有難う!